ケニア・ナイロビスラムのノンフォーマルスクール調査
2011年3月以降、ケニアの首都ナイロビに位置するムクルスラムでの調査を継続して行っている。調査にあたっては、ナイロビ大学建築学科およびNGO団体Muungano Support Trustと連携し、またサポートいただいながら実施している。
本研究では、行政によらずに学校が数多く設立されているケニアのスラムを調査対象とし、同地域でいかなるプロセスで学校が生成・発展しているのか。さらにそのプロセスにおいて学校が地域とどのように関連しているのか、スラムにおける学校の役割と地域との関係性について明らかにすることを目的とする。
大都市ナイロビでは、他の多くの自治体とは異なり市が直接公立学校を供給している状況にある。一方で、市内に多く点在するスラムの1つであるムクルスラム内(人口約7万人)に存在する公立学校は6校のみである。圧倒的な公立小学校不足の中、近年台頭しているのがノンフォーマルスクールである。ノンフォーマルスクールとは、国が定める施設基準等に達しておらず、教育省による認可を受けていない学校を指す。一方、そのほとんどが社会開発省より「自助努力団体」としての認可を受けている。しかしこの認可においては施設整備状況や教育内容は測られない。あるノンフォーマルスクールの校長によれば、同スラム内に少なくとも70校のノンフォーマルスクールが存在しているという。スラムにおいて学校運営は1つのビジネスとして捉えられており、多くのノンフォーマルスクールの設立者もそのような個人である。
施設整備基準を持たないノンフォーマルスクールはどのようにして学校空間を形成しているのであろうか。調査の結果、これら学校の空間構成は周辺環境に大きく影響を受けながら決定されていることが明らかになった。まず、周辺が込み合っていない地域(主に新しく開拓された地域)に立地する学校は、独自の敷地を特定の方法で(違法に)購入・所有している場合が多い。教室を建設する場合には、まず敷地の四隅に建設することで敷地をブロックし、外部者による土地の横領(他人の敷地内に建物を建設することなど)から守るという手法が多くとられていることが明らかになった。一方、密集地域(主に古い地域)においては、土地に余裕がなく、学校は独自の敷地を持たずに賃貸の部屋を教室として借りている事例が多い。また、まとまった数の部屋を借りたり、大きな敷地を購入することが困難なため、地域内に教室を分散して借りたり、複数の小さな敷地を購入するなどの手法が取られている。この場合、学校と地域との間に明確な境界は存在せず、学校と地域はお互いに関係し合いながら成り立っている。また、これらの多くの学校は独自のトイレや校庭を持たず、地域内のトイレを有料で借り、スラム内の路地や空き地を校庭の代替として利用している場合が多い。その他、ほとんどの学校では給食を提供しておらず、子どもは昼休みになると帰宅し自宅で食事を済ませることになっている。このような学校は地域の資源を利用することではじめて成り立つもので、学校空間を地域にまで広げることでようやく成り立っている様子が見えてくる。
このように学校空間が地域に広がることで、学校と地域との間にはいくつかの現象が生じていることが明らかになった。まず、子どもは学校の敷地内に拘束されないため、休み時間に学校周辺の地域のお店で自由に食べ物やおもちゃを購入しており、店主も子どもの存在によって商売がうまく行っているとのことであった。一方、子どもにとっては地域内で営まれるさまざまな商売・仕事に触れながら休み時間を過ごしており、校庭における子どもだけの遊びとは異なる多様な活動が繰り広げられることとなる。教員の目の行き届かない路地での遊びやトイレまでの道中は一見危険をはらんでいるようではあるが、教員の話によるとこれまでの事件・事故が起こった経験はないという。それは、周辺地域の商売・仕事をしている大人たちの目が常に地域に注がれていることに大きく起因しているようである。トイレでは、管理人が子どもたちが安全に衛生に利用できるよう気を配っており、教員がそこにわざわざ立ち会う必要もない。
これらは、学校の資源が不足していることから生じる現象であり、学校側は将来的には独自の校庭やトイレを持ち、給食を提供できるようになりたいと考えている。しかしながら、特にスラムという貧困地域における上記のような学校と地域の持ちつ持たれつの関係は合理的と言える。特に、資源の少ない小さな学校ほどより貧困世帯の子どもの教育の場となっている状況も見られ、その果たす役割は重要である。
教育省によれば、今後これらノンフォーマルスクールにおいても一定の施設整備基準を設け、認定を進めていく計画であるという。基準が定められることで、閉鎖に追い込まれるノンフォーマルスクールも出てくるだろう。トイレ、校庭、給食、十分な面積の教室を確保し、学校が単独で成り立つことことが、この貧困地域において本当に重要なことなのか、地域と共に自律する学校の意義について問い直す必要があると考える。
井本佐保里(復興デザイン研究体・助教)